イン ミラーワールド -5~マゼンダの世界~おりたった瞬間降りしきる雨に寒さを感じた。目の前には一面紫陽花が咲いていた。雨を凌げる場所を探さなきゃ。そう思ったとき、雨があたらなくなった。振り返るとそこにマオがいた。 「どうしてマオがいるの?」 私は不思議だった。いつもなら困ったときはハオが来る。でも、どこを見てもいるのはマオだけだった。マオが言う。 「あの、なんだ。ハオはちょっと白の女王のとこに呼ばれていないんだ。 んでな、ま、変わりといっちゃ何だが、この俺がお前を守るってわけだ。 誤解すんなよ。あくまで白の女王の命令だからやってるんだからな」 そう言ってマオは顔を背けながら話している。でも、なんだか懐かしく思った。雨を防ぐために誰かが私を覆い包んでくれていた。そういう思い出がどこかにある。けれど思い出せない。深く、深く記憶のどこかにあるのに、思い出すことが出来ないんだ。忘れちゃいけないはずの記憶だったはずなのに。ただ、うっすらと思い出せる人がいる。私はその人のことを想っていたのかも知れない。私はマオに向かっていった。 「ありがとう」 マオが言う。 「どうした。なんだか今日はやけに素直じゃないか。 なんかあったのか?」 いつものようにふざけてマオが話してくる。良く見るとマオは私だけを傘でぬれないようにしている。私はマオに向かって言った。 「別に一緒に傘に入ればいいじゃない。何で私だけ傘の中に入れているの」 なんだか私だけぬれずにいるのがイヤだった。そんなに守られなきゃいけないくらい私は弱くない。マオは無言で横に並んだ。傘が中央にあるのがわかる。右側に居るマオ。確かに少し左肩がぬれるかも知れない。でも、そんなに寒くない。なんだかどこかに向かって歩いているのが解る。両側を紫陽花が綺麗に彩り、マゼンダの世界って思えるのがわかる。 無言。 マオを見ても、マオは私の方を見ずに反対側の紫陽花ばかり見ている。私はこの沈黙に堪えきれずに話した。 「マオってハオ様と双子だよね」 そこまで言っただけなのにマオが言って来た。 「双子だった。今は違う」 ぶっきらぼうにマオが言う。意味が解らなかった。そう言えば前も同じようなことを言っていた。兄だった。なんで過去形なんだろう。私は気になってマオに聞いた。 「何があったのか知らないけれど、ハオ様をそんな風に言わないで」 けれど、マオは何も言わずにただ歩いているだけだった。解らない。どうしてマオはハオの事を聞くと機嫌が悪くなるんだろう。私は違う話しに変えた。 「でも、すごい雨だね」 ずっと降り続く雨。空は暗く今が昼なのか夜なのかすらわからなかった。マオが話す。 「この世界の主は泣いている。そして、この時を一番大事にしている」 マオの話しは良くわからなかった。マオはそんな私を見て続けて話して来た。 「今までずっと渡り歩いていた世界は誰かの記憶の中なんだ。 その記憶は何を紡ぎだすかなんてわからない。ただ、その時の色にそって世界が変わっていく。それだけだ。 そして、その記憶の主はアリス、お前は出会ってきているはずだ。 そして、みんな前に向かっていこうとする。そうしないと俺もアリスもこの世界から違う世界にはいけないからな」 私はそう聞いてちょっとこの世界のことがわかった。 って、誰かの記憶の世界。 私は怖くなって聞いた。 「って、ことは私の世界やマオの世界、ハオ様の世界もあるってこと。 私の世界には誰も入って欲しくない」 だって、私の過去をハオにもマオにも他の人にも見られたくなかった。いや、知られたくないことだっていっぱいある。そんな私に向かってマオは言って来た。 「安心しな。このチェスの盤の上にアリス、お前の世界はないんだよ。 ま、お前みたいなヤツの過去なんて誰もみたくないだろうけれどな」 そう言ってマオは笑った。 「なによ。マオなんか私の顔をしったらもうビックリしてそんな軽い口きけないんだからね。でも、マオの世界も見てみたいな」 私はそう言った。マオが言ってくる。 「お前、絶対俺の世界に入ってくんな。絶対に追い出してやるからな。 全力で阻止してやる」 なんだかその必死なマオを見ていると笑ってしまった。私はその後ぼそっと言った。 「ハオ様の世界。見てみたいかも」 言った瞬間、またマオが不機嫌になると思った。だが、マオは遠くを見ながらこう言っただけだった。 「ハオの世界もないんだ。このチェスの盤の上にな」 マオの顔が一瞬かなしい表情に見えた。この世界でハオのことを知らないのは私だけなのかも知れない。何がハオにあるのだろう。知りたい。でも、その先を知るのが怖いのも事実だ。マオが言う。 「今回は『アリス』が現れたんだ。だから変わるはず。 俺らはなんどもチェスで戦って、勝ったり、負けたりしていた。でも、何も変えられなかった。でも、『アリス』が来たから世界が変わるって信じているヤツもいる。 それだけは忘れるな」 マオはずっと私の方を見ない。なんとなく解ってきた。マオは何かを伝えるためにこんな話しをさせられている。誰に?私は不安になった。自分の意思で歩いているつもりなのに、これは誰かに操られているだけなのかも知れない。見えない力で。私は自分の体を抱き寄せた。 「ついたぞ」 マオが話す。そこは大きな白い洋館だった。呼び鈴を鳴らす。 出てきたのは細く気品のある女性だった。長い髪を一つに束ねている。女性が言った。 「ひょっとして『アリス』が来たのね」 マオは静かに頷く。私は名乗った。 「私が『アリス』です。あなたは?」 華奢なその人はこう言って来た。 「私は『ウーシャ』よ。宜しくね」 そう言って差し出された手をとった。ウーシャは言う。 「さあ、入って。寒かったでしょう」 そう言って中に入った。木で出来たその館の中はどこか優しい感じがした。かなりたくさんの本がある。ウーシャが言う。 「私、物語を書くのが好きなの。気がついたら資料として集めた本がいっぱい。 でも、なかなか狭き門で上手く行かない。でも立ち止まったらどこにも進めないから。 それにもう、自分でも止まり方を忘れてしまったもの」 そう言って笑っていた。 でも、どこか寂しそうだった。認められずに一人で頑張るって辛いこと。私はウーシャに言った。 「上手くいかないことだってあるよ。いつだって正解なんて人生のほうがすくないんだもの。でも、諦めなかったらゴールにつくよ。時間がかかってもいいし、遠回りしたっていいと思うもの。私は応援するよ」 ウーシャは私に抱きついて来た。そして「ありがとう」って何度も言ってくれた。 マオが言う。 「用意をしておけよ。この世界では明らかにこっちが劣勢だからな。 今まではたまたま助けてきたけれど、今回はそう上手くいかないかも知れないからな」 マオはそう言って部屋の奥に入っていった。ウーシャがいう。 「もし良かったら2階の部屋を使って。右側の部屋にはベッドもあるから」 私はウーシャに言われて2階の部屋に入った。白の基調した部屋。どこも一緒だった。 解らないことがいっぱいだ。それになんだか悩みながら、苦しみながら話しているマオを見ていてなんだか寂しくなった。素のマオが見たいよ。私はそう思った。こういう時誰かに相談できればいいのにな。相談できる相手。私は頭に浮かんだ人の名前を口ずさんだ。 「ラキシス」 前に出逢ったけれど、この人なら相談が出来るって思った。 「呼んだか、アリス」 ビックリした。後ろにラキシスが居た。 「え?ラキシスさん、いつからいたんですか?」 私はびっくりして振り向いた。そこには鎧を着たままベッドに転がっているラキシスが居た。ラキシスは言う。 「ずっといたぞ、アリスが深いため息をつきながら階段を上がってくるところからな」 びっくりした。ずっと居たなんて。私はラキシスに話しかけた。 「私、わからないんです。ハオ様が好きなはずなのに、でもさっき苦しみながら考え込みながら話すマオが気になりもする。 それに、わからないことだらけなんです。この世界も、ハオ様についても」 私は自分で話しながらまとまっていないことに気がついた。だがラキシスは話を聞いてくれている。ラキシスが話す。 「自分のことなんてわからないものだ。自分のことを解っているっていうやつなんてろくでもないぞ。ただ、この世界についてなら知っていることなら話そう。何が知りたいんだ」 ラキシスが優しく話してくれる。知りたいこと。私は考えていた。私はまた思うまま話した。 「このチェスのマスを進んで色んな世界に入っている。そして戦っている。 一体なんのために戦っているんですか?それに誰かの記憶の中に入る世界って一体?」 また、私はまとまっていないことがわかった。 ラキシスが話す。 「この世界は誰かの記憶の一部でしかない。けれど、この世界で倒されることはチェスでいう駒を取られることになる。そうなるともう戻ることも出来ない。 そして、このチェスの盤の上で戦えるのは鏡の中につれてこられたもののみなんだ。 私も、そして『アリス』も」 よくわからなかった。その時、ものすごく音がした。 風の音。 外は気がついたら雨が止んでいた。そして、そこに居たのは『アニマート』と『アレグロ』そして、見たことない赤い鎧を着た女性。 赤い髪、ネコのように大きいけれど少し釣り目の女性。 大きな剣を持っている。 ラキシスが言う。 「最低だ、赤のナイト『ヴィーデ』までこっちに来ているのか」 ナイト、ビショップ、ルーク。 相手はその3人。ポイントは「3」、「3」「5」 でも、こっちはマオとラキシス、私しかいない。 ボーンにウーシャが覚醒したとしても、全然届かない。 アニマートが叫ぶ。 空が赤く染まっていく。赤の時間だ。 勝てっこない。 だがラキシスはこう言った。 「例え何があっても最後まで諦めるな。諦めたらそこで道は終わる」 そう言ってラキシスは窓から外に飛び出した。 外にはすでにマオも剣を構えている。 勝てっこないのに。 私は泣きそうになった。 「ハオ様、助けにきてよ」 私の言葉はアレグロの風にかき消されていった。 私は2階から1階に走った。 玄関をあける。 「来るな」 マオの声がした。 その瞬間、剣戟が玄関を襲う。 白く空間が光った。 「間に合ったか」 聞いた事のない低い声がする。扉の向こうに白い法衣を着た男性が居る。 黒く短い髪。黒い目。そしてあごひげ。どことなく野性的な風貌がする。いや、危険な匂いがする感じだ。目が鋭い男性。 法衣なんかを着ているのに似合わない風貌。かなり筋肉質なのが解る。 鍛え上げられた体、まるで戦士のようだ。でも、その服装から彼が白のビショップだということがわかる。 その男性がこっちを見てきた。 「嬢ちゃん。そこから一歩も出るんじゃないぞ。 なんたって、俺らはあんたを守らないといけないんだからな」 そう言って、その男性はウインクをしてきた。 マオが叫んでいる。 「おい、おっさん。結界は大丈夫なのか」 その男性はマオに向かって話す。 「おっさんではない、ライだ。すでに結界は完了している。 じゃあ、お嬢ちゃん、そこにいるんだよ。われわれの使命は『アリス』を守ることと、出来るだけ多くの敵を倒すことだからね」 そう言ってライは走っていく。 私は2階の窓に向かった。 窓を開ける。けれど、薄い壁に覆われている。 アニマートの剣戟が繰り出されているが、びくともしていない。 アニマートが話す。 「あら~白の女王もまた思い切ったことしますね~ なら、仕方ないですかね~アリスは最後ってことにしますか」 私は意味が解らなかった。横でウーシャがずっと祈っている。 ウーシャが言う。 「どうかみな無事でいますように」 私は祈るよりこの目の前で起こることを見ていたいって思った。 風がものすごい勢いで館に吹いている。 アレグロの能力だ。ライが窓の下辺りまできた。 そこに、ラキシスも、マオも居る。 ライが地面に手を置いた。 その瞬間、地面がもりあがり走り出した。 何? ウーシャが言う。 「ライの能力は土。土で風を防ぐの」 ウーシャの言うとおり、土が盛り上がり壁のようになる。 そして、一つの場所のドーム状につつんだ。 風が止まった。 瞬間ラキシスが叫ぶ。 「召雷」 風が止んで場所がわかったアニマートとヴィーデに向かって雷が落ちていく。 だが、二人とも走って雷をよける。 マオが走り出している。 逃げる先のアニマートに向かって攻撃している。 アニマートが空に逃げていく。だが、ライが土を盛り上げてマオが走る場所を作る。 ラキシスが叫ぶ。 「召雷」 ヴィーデが助けに入ろうとしたのを防ぐために雷をヴィーデの周りに落とし続ける。 『ごぉぉぉ』 ドーム状の土にひびが入る。 すかさずライが土を上にかぶせてひびをふさぐ。 マオが剣を振りかざした。 アニマートが空間に消えそうになる。マオが短剣を投げつけた。 アニマートの動きが止まる。 「召雷」 ラキシスが叫んだ。アニマートに直撃した。 落ちていくアニマートにマオが剣を突き刺した。 アニマートが言う。 「こんな無茶な攻撃するなんて。何を考えてるんでしょうね~」 そう言って、アニマートの体がどんどん透明になっていく。 マオが言う。 「俺らは生き残るとかそういうのはないんだ。 アリスを守ることと、命をかけてお前らを倒すことしか命令受けてないんだよ」 一体どういうこと。 私は不安になった。ウーシャが言う。 「赤の女王が今白の女王と直接戦っています。 けれど、白の女王は戦うことは出来ない。だから、白の女王を守るためにハオ様が呼ばれた。こっちはギリギリの戦力だけ。アリスを守ることを目的。そして、敵を一人でも倒すことが次。生き残ることはその最後。 私も白の女王から言われています」 ウーシャは震えながら言った。 そんなのイヤだ。なんでそこまでして私をみんな守るの。 私は窓をたたいた。 けれど、びくともしなかった。 マオが言う。 「アリス、別にお前を守るために頑張ってるんじゃないからな。 これは白の女王からの命令だからな。そこんとこ間違えるんじゃねぇぞ」 マオは空を見た。 アニマートが空を赤くして、赤の時間にしている。だからアニマートを倒せば赤の時間は終わる。 そう思っていた。私もマオも、他のみんなも。 だが、空は赤いままだった。 ヴィーデが言う。 「あら、予想が外れたって顔してるわね。 別にアニマートが居なくたって空は赤いままなのよ。 まあ、まだ私たちのほうが戦力は上だからね。それにもうそこの二人は魔力もあんまりないんじゃないのかしら」 そう言ってヴィーデはラキシスとライを見た。 確かに二人とも肩で息をしている。アニマートを倒すためにかなり無茶していたのがわかる。 ラキシスもあんなに召雷を連発することなんてなかった。 ラキシスが言う。 「アリス。心配するな。まだ大丈夫だ。ライ行けるか」 ライは頷いた。だが、その時、ドーム状の土がいっきに破裂した。 風と共に岩が飛んでくる。 少し遅れてライが壁を作りブロックをした。 ヴィーデが剣を構えてマオに走りよる。 マオが剣を構えた瞬間にヴィーデが言う。 「こんなかわいい私に剣を向けるなんて男としてサイテーね」 一瞬マオの動きが止まる。 その時アレグロの剣戟がマオに向かって飛ぶ。 瞬間、マオの前に岩が現れる。ライが助けている。 だが、どう見てもライもラキシスもかなり限界のように見える。 ウーシャが言う。 「ライはこの館の結界も張っています。 そして、ラキシスも同じく。二人ともかなり疲弊している。このままではもたないかも」 私はその声を聞いて決めた。深呼吸をする。 大きな声でこう言った。 「逃げましょう。 今は体勢を整えるのよ。そして、また戦いましょう」 私の声に全員がこっちを見た。 マオがゆっくり頷き、目線を下に向けた。 私はその動きを見て、ウーシャとともに1階に走った。 扉の前の壁が薄くなっている。 「閃光弾」 ラキシスが叫ぶ。その時、ものすごく光に包まれた。 ライが走ってきてこういう。 「お嬢ちゃん、つかまりな」 そう言って私とウーシャは小脇に抱えられた。 横にマオもラキシスも居る。 「ふん」 ライが力を込めた瞬間、地面が盛り上がり、ものすごい速度でその場を離れて移動をしていく。 ラキシスがさらに叫ぶ。 「召雷」 追いかけてくるヴィーデに向けて放たれた。 徐々に空の色が変わっていく。赤の時間が終わったのがわかる。 ラキシスが言う。 「これで私の魔力はからっぽだ。もう何も出来ない。 次、何かあったら私を切り捨てていけ」 そう言ってラキシスは横になって動かなくなった。動いていた地面がゆっくり着地する。 変な気分だった。 動く土の塊に乗って移動するなんて。 「これで追いかけてこないね」 私はほっと一息ついた。 だが、突風が吹いた。 目の前にアレグロとヴィーデが現れる。 ヴィーデが言う。 「逃がさないんだからね」 そう言ってヴィーデが剣を振りかざしてくる。 剣戟がアレグロの風に乗ってものすごいスピードで私に向かってくるのが解った。 避けきれない。 その時私の前にラキシスが。 何が起こったのかわからなかった。 ラキシスは目の前で両手をクロスして剣戟を受け止めた。 目の前でラキシスの背中がどんどん透明になっていくのがわかる。 私は叫んだ。 「なんで、なんで、ラキシスさんが、、、」 だが、ラキシスは私を見て笑顔になった。そしてこう言ってきた。 「アリス、幸せになるんだ。私の分まで。そして泣くな」 私は倒れ行くラキシスを抱えようとした。けれど手からすり抜けていく。 消え行くラキシスが目を開いて叫んだ。 「雷光線」 指から一閃光が伸びた。その光はヴィーデの胸を貫いた。ヴィーデがびっくりした顔をしている。ヴィーデの体も徐々に透明になっていく。 ラキシスが言う。 「これで心置きなくいける」 そう言ってラキシスは消えていった。 「いや~行かないで」 私の叫びはただただ、響くだけだった。 どこまでも。涙が止まらない。 気がついたらマオに抱きしめられていた。優しく、力強く。 なんだかよくわからない感覚になった。 ラキシスがいなくなって悲しくて泣いていた。 でも、気がついたらマオの胸で泣いていた。 いつも悪口いったりしていて、意識なんてしたことなかった。 いや、意識をしないようにしていたのかも知れない。 私の中にハオがいたから。 でも、守ってくれている、マオが、いつも。 辛い時、傍にいてくれている。 どこかで声がする。聞きたくない。 このまま時が止まればいいのに。 なんかそんなことを思っていた。 マオが私の肩に触れる。マオが言う。 「アリス、少しだけ待っていて欲しい」 そう言って、私は後ろを見た。 後ろにはライが岩でアレグロを押さえ込んでいた。 『ごぉぉ』 岩が吹き飛んだ。 アレグロが話す。 「また、違う世界で会う」 そう言って風にのって消えていった。 その姿を見てか、ライもマオもその場に倒れこんだ。 二人とも限界まで戦っていたのが良くわかる。ライなんてもう魔力が残っていないと思っていた。ライがいう。 「嬢ちゃんたち。とりあえず戻るとするか」 もうフラフラなはずなのに、ライはそう言った。 でも、私はやはりその時に思う。もうラキシスはいないんだって。 ふと気がつくと涙が零れ落ちてきてしまう。 もっと話したかったよ。 泣いているのに気がついたのかマオが横に来て頭に手をまわしてきた。 マオの肩に寄せられた。マオは何も言わなかった。 館に着いたらライが言って来た。 「とりあえず、メシでも食うか。何か作ってやるぞ~」 けれど、食欲なんてなかった。首を振ったらライが言って来た。 「食べなきゃダメだ。こういう時こそ食べることを意識しなきゃいけなんだぞ」 けれど、私は2階にあがった。 ベッドに寝転がる。まだそこにラキシスがいるのではと思ってしまう。 部屋にウーシャが入ってきた。 ウーシャが言う。 「アリス、つらいのはみんな同じ。マオもライも目の前で助けられなかったんだから。 それにライはラキシスのことが好きだったから。だから、この世界に来たって聞いた。 死ぬかも知れないこの世界にね」 私はそれを聞いて考えていた。 相手の方が戦力は上。死ぬかもしれないのにこの世界に来る。そんなの感じさせなかった。誰も。ウーシャが続けて言う。 「実は、みんなもしものことを考えて手紙を書いていたの。ここにラキシスの手紙置いていくね」 そう言ってウーシャは棚から取り出した手紙を置いていった。私は手紙を読んだ。 「アリスへ。 これをアリスが読んでいるということは助かったということだ。 それは嬉しいことだ。だから泣くことなんてない。 いつだって私はアリスの傍にいるからな。 ラキシス」 短い手紙だった。けれど私には十分だった。 私は手紙を大事にしまった。 ウーシャが取り出した棚を見る。 そこには二つ手紙があった。 私は一つを手に取った。 ライのだった。ライのはもっと短かった。 「嬢ちゃん。泣くなよ」 それだけだった。 なんだか見て笑ってしまった。もう一つに手を伸ばす。なんだかドキドキしてしまった。 手紙に触れた瞬間声がした。 「おい、それ見んなよ」 マオだった。 私はマオの手紙を手に取った。マオがやってくる。 「見んなって言ってんだろう」 私は言う。 「いいじゃん。別に減るものじゃないんだし。それに私宛に書いてくれたんでしょ。 だったらもう私のものじゃん。この手紙」 その時、力任せにマオが私から手紙を奪った。 「ふぅ~危なかった」 マオがそう言う。そして、その後にマオが続けて言って来た。 「って、これライの手紙じゃねえかよ」 私はマオが安心した隙に手紙を読んだ。 マオが話してくる。 「あのな、それ、勢いで書いたというか、なんというか。 気にすんなよ」 そう言ってマオは部屋を出て行った。手紙にはこう書かれていた。 「アリスへ。 いつもふざけあっていたけれど、お前は特別なんだ。 お前の中のどう俺が残っているのか解らないけど、俺はお前だけは忘れない。 だから、たまにで良いから俺のことを思って笑ってくれ」 私は手紙をそっとしまった。なんだかちょっとマオの手紙嬉しかった。 なんだか、マオといると笑顔になれた。ありがとうね、マオ。 私は下に降りていった。おいしい匂いがする。 「お、降りてきたか」 ライが言う。疲れているはずなのに、ライはタフだって思った。 もう魔力なんてほとんどないはずなのに。 私は不思議そうにライを見ていた。ライが言う。 「嬢ちゃん、そんなに見つめてどうしたんだい。さては腹が減ったんだろう。 こういう時はカレーだよな」 そう言って、ライは鍋いっぱいに作ったカレーを出してくれた。マオもウーシャも笑っている。 本当は辛いのは解る。でも、暗くなったらラキシスに悪いものね。 ラキシスはそんなの望んでいない。前に向かって歩く私を望んでいる。 私は笑顔でカレーを食べた。少しだけ目が熱くなったけれど泣かないよ、もう。 そのまま疲れて少し眠ろうって話になった。 私はウーシャと二人で2階にあがった。2階の窓から外を見る。 そこにトランプ兵がいるのが見えた。どうして? 私は剣を取り出した。下に降りる。 ライは泥のように眠っていた。マオも同じだった。 疲れていたんだよね。トランプ兵1体なら私が倒す。 ずっと、守られているだけなんてイヤだもの。 扉を開けると後ろのウーシャも居た。 ウーシャが言う。 「私も戦う」 そう言ってウーシャが少し光った。手に剣を持っている。 私とウーシャは外に出た。 どうやらトランプ兵は窓をを監視しているようだった。見張りなのだろう。 1体しかいない。 私は右側から、ウーシャには館をぐるっとまわってもらって反対側からトランプ兵との間合いを詰めていった。 逃がさない。 それに、応援を呼ばれても困る。 私はトランプ兵に突進していった。 一瞬動きが止まったトランプ兵。 槍で私の振り下ろす剣を防ぐ。 「今よ、ウーシャ」 ウーシャが剣を構えて走ってきた。トランプ兵がウーシャを見る。 力が抜けた。 私は一旦離れて、それからトランプ兵に切りつけた。ウーシャも切りつける。 徐々にトランプ兵の体が透明になっていった。 「やったね」 ウーシャが私に抱きついてきた。私は空に向かっていった。 「ラキシス、私強くなるからね」 そう言って館に戻った。ベッドに入ったら眠ってしまった。 ウーシャに起こされる。 「アリス、もうそろそろ起きようよ。みんな起きているよ」 私は目をこすりながら起きた。 下に降りるとやっぱりカレーが待っていた。 「カレーは元気になるからいいんだよ」 ライがそう言ってカレーをよそってくれる。 多分作りすぎたんだろうな。私は何も言わずにカレーを食べた。 マオが言う。 「この世界ももう大丈夫だな。そろそろ次の世界に行こうか」 私はコクリと頷いた。 カレーを食べ終わって私たちは外に出た。 皆、目の前の空間を歪ませる。 マゼンダの世界、忘れないよ。 私は空を見て思った。歪んだ空間に足を踏み出す。 降り立った世界。そこは「イエロー」だった。 この「イエロー」の世界で私は再び出会ったんだ。 [次へ]イン ミラーワールド -6へ ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|